Rei Return Rebirth

その壱

製作 越後屋光右衛門雷蔵


 戦乱の爆撃の後のように、荒涼とした湖の周りは緑がちらほら残る荒れ野原だった。
 赤く染まったと言うよりも、紅い液体を湛えた湖の周りには、都市の残骸が散らばっている。湖の中央部には巨大な、眼を見開いたまま崩れ落ちているオブ ジェのような女性像が横たわり、顔面を真っ二つに割っているにもかかわらず、笑っているのがちょい不気味。
 人影のない静かな砂浜に、少年と少女が横たわっている。
 エヴァンゲリオン・パイロット、碇シンジと惣流・アスカ・ラングレーである。ふたりは空気が動いている程度の風の中、全く身動きもせずにいる。
 音も無く波を寄せる湖面の上に、その少女はいきなり実体化した。とはいえ、半分透けているのは御愛敬か。
(・・・・・)
 無言で赤い水面の上に浮かんでいた少女は、ジッと砂浜の一点を見つめていた。視線の先には学生服を着たシンジと、身体にピッタリ密着したボディスーツの ようなものを纏ったアスカがいる。
(・・・・・)
 少女はひたすらに見つめていた、あたかも儚い願いが叶うよう祈るように。
 やがてシンジはゆっくり起きあがり、虚ろな眼をしたアスカを見つめゆっくりと馬乗りになる。首に手を掛け締めようとしているようにも見えた。
 ほんの少し水面に浮いた少女の唇が、微笑むように微かにつり上がりそうになる。
(それは、いけないね)
 少女の背後から、声と表現していいのか解らない声が掛かった。しかし、姿はどこにも見えない。驚きもせず少女は再び表情を消した。
(人の不幸を喜ぶなんて、ぼくらには相応しくはないね。そう思わないかい?)
(・・・・・そうね)
 無表情の少女の顔から、何を考えているのか計り知る事は難しい。背後の声もそう悟ったようだった。
(何を考えているんだい?)
(・・・・・自分の幸せは・・・自分の手で)
(嗚呼、そうだね。まったくその意見には賛成だよ。で?)
 少女は一瞬眼を瞑ると、視線を砂浜のシンジに戻す。おりしもシンジが水面に浮かんでいる少女に気が付いたようで、目を見開いている。
(・・・・・ごー)
(ごー?)
 声の意識はシンジの方向へと動き、少女から外れた。声はシンジの視線が砂浜のアスカに戻っているのを確認し、再び半透明の少女に声を掛けようとする、 が。
(あれ?)
 気が付けば、少女の姿も意識も存在していなかった如く、消え失せていたのであった。
 後に残ったのは、少しづつ勢いを増していく竜巻だけだった。

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 キュイ〜ンと鳴る耳鳴り。鬱陶しいと思った。
 ゴボッと肺から、残った空気がLCLの中に吐き出される。朦朧とした意識の中で、ふと周りを見回す余裕が出来た事は上出来としか言いようがなかった。
 見覚えのある殺風景な壁、偉そうにガラス越しにわたしを眺める見慣れた顔。正面と横に広がるモニターに映し出された光景は。
「・・・・・ああ」
 これは零号機の起動試験なんだ。あの大失敗に終わったあれ。
「・・・・・お」
 自分の身体が自由に機能する事に気が付いた。ラッキー。
 今のわたしは、かつてここに座って暴走するしかなかった、お間抜けなわたしではない。自覚というのは大切な事ね。自分がどうなってこうなったかを、はっ きりと理解してここに居る。それも自分の意志でだ。成長したわ、偉いわ、わたし。
 自分を褒めてあげた所で、ガラスの向こう側でわたしを見ている見慣れた顔ぶれに、ふとムッとした。深い意味は無い。気分というのはその時々で変わるもの なの。
(・・・・・殴ってやれ)
 ほんの悪戯だったんだけど、大袈裟に警報が鳴った。ベークライトが注入されて零号機はどんどん行動を制限されていく。不愉快さが増してしまったので、わ たしは殴り続けた。
「・・・・・あ」
 そういえば、この後エントリー・プラグが排出されてわたし大怪我だったんだっけ。痛いのは、いくら超人リリスでもいやなの。わたしは零号機に後頭部に手 を当てさせ排出を防いだ。
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 そして
 トコトコと歩くわたしの行く先は、医務室。そう、検査なの。一応大暴れした事もあって、念のためという事らしい。聞いたところによると、医務室にはお医 者さんがいるらしく、わたしの検査を受け持つそうだ。ちなみに、担当していた赤木博士は別の病棟で入院中。わたしが大暴れした際に頭を痛打したそうだ。零 号機の鉄拳直撃でなくてよかったと言わねばなるまい。
 医務室へ行くと、赤木博士より少々若く見える女医さんが椅子に座って待っていた。ここんちは、どうしてこうも綺麗な女性職員が多いのだろう。彼女は黒髪 を後ろに簡単に束ねて、薄い化粧の顔を微笑ませる。なかなか好感度は高めだと思った。これといった突っ込んだ会話も無く、診察は無事終わり異常の無い事が 確認されたのだが、わたしには少し理解しにくい事を女医さんは呟いた。
「もう年頃なんだから、少し気を遣った方がいいわよ。只でさえ人目を引いているんだからね。どんな人だって気の迷いが出ないとは限らないから、せめてなに か羽織るくらいはしないとね」
 わたしには、その意味が解らなかった。普通にプラグ・スーツのまま歩いてここまでやってきたのだが、いったい何がいけなかったというのであろう。取りあ えず疑問は棚上げにして、着替えて帰ることにする。
 部屋へ戻ると、何かが違っていた。いや、違っている気がした。何だろうと辺りに注意を払って見ると、気が付いた。
 ここは、女の子の部屋だった。明るめのクリーム色の壁紙が貼られて、落ち着いた派手さは無いが可愛らしい家具がちょこちょこと置かれている。クローゼッ トを開けてみると、見慣れぬワンピースや細めのジーンズ、ブラウスなどが発見された。小さなタンスも物色してみると色とりどりの下着が整然と丸められて並 んでいる。
「・・・・・むぅ」
 唸ったわたしは、ふと振り向いた。そこにはギリギリ全身が映し出せる姿見があった。
「・・・・・ぬぅっ」
 見慣れない事ばっかりだった。わたしが見知らぬ学校の制服を着て立っている。それ以上に見慣れないのは、そこに立っているのが美しく成長したわたしだっ た事だった。
 よくよく考えてみれば、特に考えもせず部屋に帰ってきたけれど、ここはNERV本部の中だ。あの廃マンションの一室ではない。見慣れないようで違和感が 全く感じられない部屋のインテリアや置かれた品々。確かに自分の品物だし自分の部屋なのは間違いはない。
「・・・・・まぁ、いいわ」
 わたしは、考えてもわからない事は考えない事にした。わからないけれど違和感が全くないので不都合もないだろうと思ったからだ。

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