シ ンジ13 弐
製作 越後屋光右衛門雷蔵


 爽やかな風が甲板の上を流れている。潮風のべたつく感じのない、肌に心地よい風である。
 空母オーバー・ザ・レインボー。今となっては老朽鑑だが、その偉容は衰えを見せない。良く手入れされた甲板の上には、いつになく艶艶とした顔色の葛城ミ サトと綾波レイが立っている。ドイツネルフからエヴァンゲリオン弐号機とセカンド・チルドレンが移送される手筈で、二人はその受け取りにやって来ていたの である。
「レイ、そろそろセカンド・チルドレンが登場する頃合いだから、仲良くしてね。」
 ミサトはレイに声を掛ける。ミサトはかつてドイツネルフに在籍していた頃があり、セカンド・チルドレンとも面識があった。
「・・・葛城さんは出の頃合いまでわかるのですか?」
「ま、ドイツにいたころから知ってるからね。」
 セカンド・チルドレンの性格を知っているミサトは、これからの人間関係調整を考えると、ちょっと気が重くなりかける。だが、アスカを知らないレイはキョ トンとした表情を隠さない。
「お待たせ、ミサト。久しぶりね。」
 金色の髪を風に靡かせながら、長袖のブラウスにスリムジーンズを穿いた美少女が二人の前に立った。しっかりとした足取りで甲板を歩く姿は、年齢を超えた スタイルと相まって歳不相応な落ち着きを感じさせているのであった。
「ア、アスカ。久しぶり・・・だけど、なんかかなり落ち着いたんぢゃない?」
 ミサトはかつて一緒に過ごした頃の少女を想いかえしながら、今の少女と重ね合わせようとする。切羽詰まった様な張り詰めた雰囲気を纏っていた少女であっ たのに、ピリピリとした雰囲気は消え去り少々気怠げな気を漂わせている。
「そう?変わってなんかいないと思うけど。」
 少女は腰に手をあて、風に靡く髪を片手で押さえた。違和感を押し殺してミサトはレイを紹介する。
「紹介するわ、ファースト・チルドレン綾波レイよ。レイ、セカンド・チルドレン、惣流・アスカ・ラングレー。これから一緒に闘う事になるんだから、仲良く ね。」
「・・・よろしく。」
 レイは無愛想ながら挨拶をするが、視線はギラギラとアスカの身体から離れなかった。と言うよりは、中年オヤジさながらの舐め回すような視線と言っても良 いような視線でアスカを見つめている。
「ファーストはこっちにもデータが来てるから知ってるわ。これからはコンビネーションも大事になるかもしれないし、わたしも日本の事知らない部分もあると 思うからよろしくお願いするわね。」
 アスカはそう言いながら、そっと柔らかな握手を交わし、甲板を移動して食堂へと案内を始めるのであった。
∞〜〜〜∞〜〜〜∞〜〜〜∞〜〜〜∞〜〜〜
「何があったのよ?」
 流石に七つの海を股に掛ける荒くれ者を乗せて動く第七艦隊。食堂にアルコールはありませんなどとは言わない(実際は言うかもしれませんが)。クカ〜ッと 喉の奥へと盛大に流し込んだミサトが、おかわりをオーダーした挙げ句に言った。
「何がって?」
 平気な顔でチョコレート・パフェなぞを啄みながらアスカは答える。
「一年やそこらであんたのあの性格が直る・・・いや、もとい、変わるなんて考えられないわよ。」
「えらい言われようねぇ。・・・まあ、結構あっちじゃ訳のわかんない激動の事件の真っ最中でね。その影響かしらね・・・。」
「激動の事件?」
「随分長く続いているらしいわ。わたしもよくわかんないんだけどさ、ドイツ・ネルフ首脳が青くなって慌てまくる犯罪者が活動を再開したとか教官が言ってた わ。」
「教官?」
「わたしの護衛兼教育教官よ、加持さんが転勤して変わったの。事件が起きる前はゆったり護衛しかしてなかったんだけど、そのテロリスト活動開始直後から今 まで徹底的に仕込まれたのよね。格闘から射撃から毒物についてまで。もう、下手すりゃ一流所のエージェント並かもよ。」
「それにしたって、あんたが落ち着くのとどう関係する訳なのよ?」
 納得いかない風のミサトが聞き返した。
「訓練、訓練、また訓練でエヴァのテストやら何やら徹底的なスケジュールでこなしてきたのよ、余計な事考える余裕なんか無かった。訓練の行き着いた先には 何と座禅という訓練が待っていたのよぉ。座禅をやらされてじっくりと自分ってモノを見つめ直させられちゃって・・・今まではエヴァに乗って闘う事がわたし のアイデンティティだったけど、闘う事に存在意義を見いだすなんてどうかなって思っちゃったのよ、だから落ち着いて見えるんじゃないの?」
「それにしても、ここまで落ち着くとはねぇ。」
「訓練の時なんか、鬼気迫るものがあったわ。その教官ってネルフでも結構腕利きの部類に入るらしくて、わたしへの仕込み方は半端じゃなかったもの。それに しても、そんな腕利きをマジにさせるテロリストってどんな奴なのかしらね。」
 ここまではアスカの変化に気を取られていたミサトであったが、テロリストのセリフで美しく整った眉がピクリと上がった。
「その教官は、どんなテロリストって言ってた?」
「ん?あぁ、わたしがいくら聞いても「知らなくていい事が世の中にはたくさんあるんだ」って教えてくれなかったのよ。」
「知らなくてもいい事ねぇ・・・」
「うん、「ファイター型のテロリストと、ある某組織の分析ファイルに記載されているらしい」って言ってたなぁ。わたしがしつっこく聞いた時に。」
「・・・ファイター型のテロリスト・・・ドイツ・ネルフ首脳が青くなる・・・」
 ミサトの顔は血の気が引いて青くなっていく。どうやらミサトには心当たりがある様子であった。
「心当たりあるのね?」
「いやまぁ、わたしも出くわした事も会った事もないんだけどさ、一般のテロリストとは完全に区分されているプロがいるのは知ってるわ。もし、そのプロの事 だったならドイツ首脳が本気になるのも当然だわね。」
 レイがカレーをモグモグしながら聞いていたが、ようやく咀嚼し終えて声を出す。
「・・・・・有名人。」
「はは、まぁ有名ってば有名ね。でも、有名って言っても有名にも質があるじゃない。」
 ミサトがレイの仕草に苦笑しながら言葉をつないだ。レイもアスカも有名の質と言われて戸惑った顔をしている。
「要するに、大物だけには有名人って事。世界の政治、軍隊、裏社会の中枢に位置している大物ほど、余程の人物でもなけりゃ顔と名前なんか覚えていない訳 よ。関係者が多すぎるから。でも、そのプロはそういう大物連中でもなけりゃ連絡方法やら細かい事が分からないって訳。おまけに依頼にかかる金額が半端でな いらしくてさ、大物でなければ依頼どころか会う事も出来ないんだって。一般のノホホンとしたピープルには縁の無い人間だって事。通常の有名とは違うっての はそこなのよ。」
「・・・・・要するに、超一流のプロだって事ですね。」
 レイは再びカレーに挑もうとスプーンに盛り、後は口に放り込むだけといった体勢を取りつつ、口を開けたついでにそう言った。
「そう、並の一流どころが束になっても敵わないから、超一流。わたしも出くわした事はないけど、同僚がチラッと見た事があるって言ってたわ。」
「で?で?で?」
 アスカは物憂げな雰囲気を薄めて、興味深げに先を促した。
「何でも、一個中隊が守備する建物に正面きって挑んできたとか、ゲリラの一部隊をゲリラ戦で殲滅したとか。白兵戦ではそんなとこだけど、狙撃はすごい伝説 が残っているらしいのよ。」
「例えば?」
「500メートル先のゴルフ・ボールを狙撃出来たり、狙撃不可能な位置への兆弾射撃だとか。ビルから飛び降りながらの瞬間射撃やら、とにかく不可能を可能 にするプロフェッショナルがそいつなのよ。」
「・・・・・すごい。」
 レイはボソっと呟いた。既にカレーの皿は綺麗になっていて、口を拭いて水まで飲み干した挙げ句の呟きだった。
「・・・・葛城さんにそこまで言わせるとは。」
 レイの呟きにアスカが反応した。間髪入れずとは正にこのこと。
「女性の身でありながら、歴戦の猛者どもを黙らせてきたミサトがそこまで言うなんてね。ファースト・・・んにゃ、レイもなかなか判ってるぢゃないの よぉ。」
「・・・・・レ・イ?」
「ん〜〜、あんた、わたしの事はアスカって呼びなさい。わたしもあんたをレイって呼ぶからね。」
「・・・・・」
「なんかあんたって、どっか危なっかしくて・・・こう、お世話したくなるっていうのかしら・・・まあ、いいわ。わたしが面倒見てあげるから大船に乗ったつ もりでいなさい。」
 アスカはそう言うと、歳の割に大きく盛り上がった胸を張って、腰に両手を当てながら大きく反り返るのであった。
∞〜〜〜∞〜〜〜∞〜〜〜∞〜〜〜∞〜〜〜
 無事、港へ弐号機を降ろし一気呵成に運搬を開始する。ネルフへネルフへと。
 ミサト、レイ、アスカの三人は、いつまでも弐号機運搬に付き合っている訳ではない。言うまでもないが、ミサトは作戦本部の重要なポジションに着いている 幹部職員だ。いつまでもノコノコとうろついて居られる筈もない。当然、弐号機は運送部に任せ三人は本部へと直行していた。



 アスカの顔合わせも無事終了し、誰が言い出した訳でもなくミサトたちが住むマンションへ三人は帰ってきていた。
 三人がいるのは綾波レイの避難部屋。
「ふぅ〜ん、まあそこそこの部屋ねぇ。わたしもこれくらいの部屋が用意されるんでしょう?」
 アスカは部屋を見回し、部屋を気に入ったのか顔をにこやかにしながら言う。
「ん〜、多分ねぇ。」
「多分ってなぁに?」
 ミサトの返事に少々眉を顰めながら聞き返す。年頃の美少女としては居住空間とてお座なりには出来ない、全く譲歩するつもりなしと眼が語っていた。
「レイがねぇ、一応わたしと一緒に暮らしてるからさぁ、あんたはどうなるのかなって思っただけよぉ。わたしにあんたの家までどうこうできる権限ないもの、 睨まないでよ。」
 ミサトは手をヒラヒラさせながら、あっさりと言った。アスカはそれを聞いて眼の端をちょっと吊り上げる。
「ま、同居なんて事にはならないとは思うけど、わたしの荷物の運搬先確認すればいいんだけどね。」
 この時点ではアスカはまだ、ミサトの部屋には入っていない。レイの避難部屋を見ているだけで、ここが二人の居住空間と思っている様子である。
「あ、そうよねぇ。」
 ミサトがそう言って電話と取ろうとするより早く、アスカは手を伸ばしてボタンをプッシュしていた。
 そ
 し
 て
 1
 時
 間
 後
 ネルフが本当に誇るもの。それはどんな運搬会社をも凌駕する運送システムではなかろうか?実際アスカの荷物はたいした分量ではない。それだけではなく、 弐号機も一緒に運搬を終了していたのであった。そして、それは予定調和によってコンフォート・マンションの葛城邸へと移送される筈・・・なのであったのだ が、ミサトが綺麗に片づけた部屋はご存知の通りアッという間に腐海と化している、レイの努力をせせら笑いシンジの労苦をもってしてどうにか部屋らしくなっ たという、あの部屋である。
 掃除からそれほど経ていない時間で、一気に部屋を腐海へと変えたミサトのズボラはアスカの荷物をもせせら笑おうと、今また腐海地獄の様相を呈して待ち構 えている。当然、運搬してきた運送部の兄ちゃんも、必然的に運び入れるのを諦める。だが、そこは運送のプロフェッショナル、運び職人は妥協点をむりやり見 つけた。
「なるほどね、避難部屋ね・・・」
 アスカはガクンと下がった顎を何とか押し戻し、それでも冷静さを装いながら呟く。
「・・・・・いきなりなんて聞いてない。」
 レイは自分のためにシンジが用意してくれたと思っている「愛の巣」に、突如として出現した荷物に憤りを隠さない。
「しょうがないぢゃない・・・・・」
 ミサトは完璧に面目を無くし、涙目になりながら二人の少女の機嫌を窺っている。
 結局・・・アスカの荷物は無事レイの避難部屋へと運び込まれ、いい仕事をした運びの職人たちはにこやかに帰路へついた。少々収まりがつかないのは綾波レ イさんその人である。
「・・・・・そもそも、ここはあの人がわたしの避難場所として用意してくれた所・・・アスカまで避難するなんてわたしの一存では出来ないわ。」
 正論を正面から論ずるレイだが、
「いやはぁ、それがねぇ、この部屋の名義ねぇ、レイの名義になってんのよぉ。いつの間にかマンション所有者になってんの。」
 思いも寄らぬ事実を突きつけられ、呆然とした。
「・・・・・聞いてない。」
 レイがそう呟いた時、ナイスなタイミングで携帯が呼び出し音を奏でた。もちろん、レイのものがである。
「・・・・・はい。・・・・・へ?・・・・・はい、・・・・・ですが・・・そんな・・・・・ポイッって・・・・・出来ません・・・・・わかりまし た・・・・・はい。」
 レイは困惑した表情を隠さずに、携帯をしまった。
「誰?」
「・・・・・フリーのサード・チルドレン、碇シンジくんから。部屋は自由に使っていいって。自分で判断して自分で決めろって。」
 アスカの問いに簡潔に答えるレイ。アスカは不思議そうな顔でミサトとレイの顔を見比べている。レイの言っている事がよく分からない様子が見えている。
「フリーって何?どゆこと?」
「・・・・・彼は常勤ではないの。必要な時にだけフリーランス契約を交わしてエヴァに搭乗する、プロのエヴァ・パイロット。そして、わたしの所有者。」
「フリーってそんなんいいの?有り得るの?そんなのが?それにあんたの所有者って何よ?」
「・・・・・わたしは、彼の最初のエヴァ搭乗時の報酬として、彼に支払った代価よ。だから、わたしは彼のものなの、彼はわたしの所有者というのは文字通り の意味なの。」
 アスカは当然激高した。
「ふざけんじゃないわよっ。一体どこのどいつがうら若き乙女を報酬に差し出すっての?あんたは人よ、モノや人形じゃないんだから、勝手に報酬にされてらん ないでしょう。」
 怒り狂うアスカの肩に手を置きながら、
「・・・・・報酬に差し出したのは、わたしの意志でわたし自身が決めた事。誰に言われた事でもないの。」
 と、これまでの経緯を簡単に説明し始めたのである。無論、自分自身の気持ちがどうであるかをハッキリと明示してである。
「むぬぅぅ・・・」
 どうにも納得いかない様子のアスカではあるが、頑強に己の意志である事を強調するレイに妥協せざるを得なかったようである。
「しょうがないわねぇ、あんたの気持ちがそうならあたしがとやかく言う筋合いのもんぢゃないわね。それにしてもフリーのチルドレンたぁ偉そうな奴じゃない の?会ったらどの程度の奴なのか、じっくり拝見させてもらうわ」
 口調はきつめではあるが、フリーのチルドレンなる立場が自分とどう違うのか、果たして自分より上なのかどうなのかが計りかねているようで、今ひとつ敵愾 心が湧いて出ない様子のアスカであった。
 とはいえ、年頃の女の子を報酬として受け取るという、アスカの意識の中での暴挙(実際暴挙だが)に対する怒りと相まって、結局むりやりレイと同居状態と してしまったアスカであった。


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