レイ・リターン

製作 越後屋雷蔵

プロト・タイプ25


翌日、ネルフの廊下にて。

ようやくアルコールの抜けたシンジが歩いていると、前方から加持が何故かよ ろりらしつつやってきた。

「加持さん、どうしたんです?残業だったんですか?」

あまりに疲れた表情を浮かべている加持を心配したシンジは言った。

「いや・・・残業じゃないんだ・・・・まあ、その、大人の付き合いで・・・ 求めに応じて・・・頑張らねばならない時も、あるんだよ・・・・シンジくんも 今に分かるさ。大変だぞ〜一晩中なんてなあ〜・・・・」

加持の一晩中の苦労の原因を作ったのは、目の前のシンジなのだがお互いそん な事は知るはずもなかった。

「はあ・・・・」

「じゃあな、シンジくん・・・」

加持は来たときと同じように、よろりらしながら去っていった。

「・・・・一晩中、何してたんだろ・・・・・」

彼がそれを知るには、もう少しの時間が必要だった。





休憩所にて。

葛城ミサトが缶コーヒーを飲んでいる。

さすがに職場で、人目のある休憩所でビールは飲まない。

かなり機嫌が良さそうだ。顔の色つやが非常に良い。

「・・・あ、葛城(牛)さん・・・・昨日はどうしたんですか?結局帰って来 なかったんですね・・・・」

レイが通りかかって、ミサトを発見し声を掛けてきた。

「おはよ、レイ。ごめんね〜、連絡もしないで・・・でへへ・・・」

レイは近頃、自分が美的な感覚に敏感になっている事に気が付いていた。

自分も綺麗になりたい、シンジに綺麗と言われたい。

その願いが、感覚を鋭敏にしていた。

ミサトを見て、その感覚の琴線に触れるモノがあった。

「・・・葛城さん、どうしてお肌がそんなにつやつやなんですか?機嫌もすご く良さそうだし・・・・」

「あ・・・わ、分かるう〜」

レイは不思議だった。

牛が帰って来ない時は、大抵ネルフで残業のパターンだったし、残業でない時 でもこんなにお肌がつやつやになっていた事は無かった。

レイは心底、つやつやになったお肌を羨ましいと思った。

実際は14歳のレイのお肌の方が、つやつやだったのであるが、一晩でここま で豹変したミサトのお肌に自分にない美しさを感じたのは無理からぬ事であろう 。

「・・・・どうしたんですか。教えてください。何をすればそんなにつやつや になるんですか?・・・」

シンジのために綺麗になりたいという気持ちが、レイを鬼に変えた。

(・・牛がここまで綺麗になるなら・・・きっとわたしだって・・・・)

ミサトは困ってしまった。

いくらなんでも事実をレイに話す訳にはいかない。

いや、絶対話してはいけない、必ずレイは真似をする。

必ずシンジ相手に実行するだろう。

そりゃあ、シンジがあまりにも哀れと言うものである。

しばし一考するミサト。そして・・・・

「あのね、レイ。これは我が葛城家に伝わる門外不出の秘伝なのよ。だから〜 残念な事に教えてあげる訳にはいかないのよね〜・・・・」

「・・・・秘伝・・・」

「そ〜なのよ〜、年齢制限もあるし〜、相手もいるし〜」

「・・・一人じゃ出来ないんですか?・・・・」

「う〜む、やり方のバリエーションとして一人でする事もあるけど、まあ相手 と二人でってのが基本だわね。例外的に三人四人ってのもあるけど、ま例外だわ ね。」

「・・・年齢制限は何歳まで?・・・・」

「我が葛城家では二十歳だったけどね。」

「・・・難しいんですか?・・・」

「ん〜、する事自体はそんなに難しくはないけど、それより自分自身を修行し て高めていかなくてはいけないのよね。この秘伝は相手の合意も必要だからして ・・・」

「・・・しゅ、修行・・・・そうですか・・・・」

考え込んでトボトボ去っていくレイ。

その姿を見ながらミサトは思う。

(う〜む、とりあえず誤魔化してはみたものの、ちょっと可哀想だったかなあ ・・・・レイの綺麗になりたいってのはシンちゃんのためだろうし・・・・いや いや、やっぱりまだあいつらには早いわね・・・・)





フラフラ廊下を歩くレイ。

行き交う人は恐れを為して脇に避ける。

なんか最近レイは恐れられてばっかりいるようだ。

「・・修行・・修行・・修行・・」

怪しい宗教にかぶれたような感じではあるが、頭では必死に考えている。

(・・・・どうしたらいいんだろう。修行するにもやり方がわからない。・・ ・・)

その時だった。

かつて見た赤木博士のあの顔。

(・・・そうだ、前に赤木博士が夜中碇司令の所に行って、帰ってきたら顔が つやつやになっていた事があったわ。赤木博士に聞いてみよう・・・・)

端から見れば結構危ない思考をしているが、つやつやのお肌に盲目となってい る今のレイには、その危険さは気が付かない。

そして・・・・・

「・・・かくかくしかじかで・・・・」

話を一通り聞き終えたリツコは、完全に呆れ顔で言った。

「そんな事言ってたの、ミサトは・・・・」

(さてさて、他の人間が聞いたら一発でばればれなのにね。一晩中だろうなあ ・・・加持くんも災難だったわねえ。それはともかくこいつをなんとかしないと ね。)

「え〜、ま、その〜・・・ミサトんとこではそうだって事で・・・・ん〜、そ の修行って言うのはそれぞれ色々なパターンがあるのよ。何て説明したらばいい のかしら・・・」

レイは爆弾を投下する。

「・・・・では、赤木博士がした方法を教えてください。いつか夜司令の部屋 に行ったあと、とってもお肌がつやつやだった事があります。あの時お肌が綺麗 になる修行をしてきたんでしょう・・・・」

リツコの顔が引きつった。

(このがきゃあ・・・いつ見てやがったのかしら・・・)

リツコの表情を敏感に読みとったレイは、スッと立ち上がり言う。

「・・・博士が教えてくれないなら、司令に直接聞くまで・・・・」

「まままままま待って・・・ちょっと待って。」

(仕方がない・・・ミサトばりに誤魔化すか・・・・)

「ミサトは年齢制限があるって言ったでしょ。何故年齢制限があるか。それは 、あんまり早くから修行を開始すると逆効果だからなのよ。レイくらいの年のお 肌は一番輝いている時期なの。だからミサトは教えなかったのね。」

じと目でリツコを見るレイ。

「・・・ホントですか?・・・・」

(レイが〜レイが〜疑ってる〜いつからこんな聞き分けのないガキになっちゃ ったの〜)

心中で涙を滝のように流すリツコは、レイから逃げる最終兵器を繰り出した。

「疑うんなら、シンジくんに聞いてみたら?あなたくらいの年のお肌が一番綺 麗かどうかってね・・・」

ハッとしたレイは

「・・・そう、碇くんなら・・・・」

そう呟いて、ダッシュでリツコの前から去っていった。

「まったく、はた迷惑な奴らよね。レイもミサトも・・・・」

とほほなリツコは、コーヒーを煎れるべくコーヒー・メーカーへと向かって行 った。





(・・・碇くん・・・碇くん・・・・どこ?・・・・どこなの?・・・・・)

埃のない廊下を陽炎を巻き上げながら、ひた走っていた。

他の人間は完全に眼にはいってはいなかった。

やがて、レイの前方で手を振る影が一つ。

探し求めた碇シンジその人であった。

(・・・・いた、目標確認。ロック・オン・・・ゴー・・・)

早くシンジの側に行きたい、早く聞きたい、早く・・・とにかく早くが重なっ ているレイは、己が持つ身体能力の全てを出してシンジに突撃していた。

いかにレイを心から愛しているシンジといえども、青白い陽炎を伴って突撃し てくるレイを見れば、彼女が怒っていると勘違いしても仕方のないことなのであ った。

「お〜い、綾波・・あ・・う・・・お、怒って・・る?・・・・うわ〜・・・ 」

狭い廊下である。

シンジは避けるもかなわず、逃げるもかなわず、彷徨える蒼い弾丸と化したレ イの攻撃を、甘んじて受ける事となった。

ズド〜〜〜ン・・・

あえて言うが、レイには攻撃という意志は全くありません。ただ、愛しいシン ジの胸に飛び込んで行ったつもりだったのだ。

だから、次のようなセリフが出てくるのであった。

「・・・・い、碇くん。誰がわたしの碇くんにこんな事を・・・・」

白目を剥いて伸びているシンジを抱きしめながら呟くレイ。

知らせを受けた医療班によって、シンジは毎度おなじみになった病室へと運ば れていったのであった。






しくしく・・・しくしく・・・しくしく・・・

綾波レイは泣いていた。

事情を聞いたミサトとリツコに、声を揃えて言われてしまった。

「「おまえだ。」」

病室のベッドに、まだ伸びているシンジの側で、涙を流し続けている。

(・・・碇くんをこんなにしたのが、わたしだなんて・・・・)

かなり悲しいらしく、滝のように涙を流すレイ。

「う・・・ん・・・」

シンジはようやく眼を覚ました。

傍らでマンガのように涙の跡をクッキリ残しているレイを見て、シンジは驚い た。

「あ、綾波、どうしたの?」

虚ろな眼でブツブツ説明を始めるレイ。

「・・わ、わたし、綺麗になりたくて・・・碇くんに、聞けば・・・綺麗かど うか・・・早く行きたかっただけなの・・・勢いが付きすぎて・・・・ドガンっ て・・・」

要領を得ないレイの説明に、シンジはレイの頭を優しく撫でて言う。

「綾波、落ち着けよ。大丈夫、ぼくは平気だから、ね・・・」

しばしの時を経て、

「・・・かくかくしかじか・・・・」

落ち着いたレイの初めからの説明を受けて、シンジはようやく理解した。

(そ、そうかあ・・・加持さんそれであんな疲れた顔してたのか・・・ぼくも いまに分かるって言ってたよなあ・・・もしかして、ぼくも一晩中・・・綾波と ・・・・そ、それはまあ置いてといて・・・しかし、一晩中愛の格闘やらかして お肌が綺麗になるなんて・・・まあ、ミサトさんもリツコさんもうまく誤魔化し たなあ。・・・でも、ぼくのために綺麗になりたいなんて・・・綾波ってば何て かわいいんだろ・・・)

「・・・ね、ねえ・・碇くん・・・わたし・・・」

なにやら訴えたいような表情でシンジを見て、何か言いかけるレイ。

シンジはそれを制して言う。

「綾波、ぼくは今の綾波が一番・・・綺麗だって・・思うよ。きっと、何もし なくても・・・もっと、もっと綺麗になっていくと思う・・・・」

照れながら何とか言い切ったシンジ。

照れるなら言うなと、突っ込み入れたくなるが仕方がない。

「・・・ほ、ホント?・・・」

真っ赤な顔を綻ばせてレイは笑いながら聞き返した。

「ホントだよ・・・ね、綾波、ぼく・・・ずっと、綾波が綺麗になっていくの ・・・・見続けていいんだよね・・・・ずっと、一緒にいてくれるよね・・・・ 」

いつになく真剣な表情で問うシンジ。

「・・・わたしは・・・ずっと、離れない・・・生きてる時も、死んだっても う離れはしないの・・・いつでも、わたしは碇くんの側にいる・・・・」

レイの言葉に、安心したような表情を浮かべて、シンジはレイを固く抱きしめ るのだった。

窓の外から、夕陽がカーテン越しに二人を照らす。

優しい光で、暖かく・・・・・






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