そ れから・・・

製作 越後屋光右衛門雷蔵


 じっとりと湿った空気が部屋の中を覆い尽くしている。にもかかわらず部屋の中にいる三人の男女の間には、冷たい雰囲気が充満している。
 きっかけは、アスカの衝撃告白であったのだが、やはりどこまで行っても問題のネタはシンジなのであった。経緯は概略こんな感じである。
「綾波、やっと帰ってこれたよ」
「・・・・」(言葉にならぬ程の感激のため絶句しているレイ)
「あれ、ツェッペリンさんぢゃありませんか?どうしてここに?」
「・・・・」(意外な成り行きと己の心の葛藤のため絶句しているアスカ)
「綾波のお知り合いだったんですね、うれしいなぁ貴女のような美しい方と知り合いになれるなんて・・・」(いわゆる社交辞令というレベルのお世辞なのであ ろうが、彼は彼女の心底に潜む激情に気が付いていないシンジ)
「・・・まさか、あなただったとは・・・」(書いてはいなかったが、アスカは再会した折り付けていたサングラスを着用しており、シンジはアスカをツェッペ リン嬢としか認識できずにいるのだ)
「え?」
「愛しているわ、これは魂の叫びなのよっ、レイが居ようと居まいと構ってらんないわ、シンジ・ローレンツ!!わたしはあんたを愛しているのよっ!!」(サ ングラスをバッと外しその素顔を晒し、いきなりシンジに抱きつき熱いキスをかます)
「ア、アスカ?・・ンゴッ、ンクッ・・・」
「・・・な、な、な、何?」(レイさん、事の成り行きに思考が付いていけない状態ではあったが、愛しいシンジを守る本能に突き動かされ、氷のようなコー ク・スクリュー・ブローの右ストレートは放つが、見事シンジ直撃)
「ふぅ、こうなってしまった以上、レイ!あんたとはやはり宿命のライバルだったって訳なのね。もう譲らない、引かない、諦めない、手段は選ばない、結果を 一つに限定しない・・・シンジをわたしにも頂くわよ」(妖艶にペロリと舌で唇を湿らせたアスカは、視線を驚きを隠せないレイに向ける)
「・・・そう、よく解らないけど・・・ライバル上等、碇くんに命を捧げるわたしに向かってそう言い切った以上は、本気なのね。相手にとって不足無し、わた しにとって碇くんは世界以上の存在、簡単に渡す訳にはいかないわ」(その世界以上の存在を血の海に沈めた事は見なかった事にしたらしいレイは、キッとアス カを睨み付け)
「・・・とりあえず、家に帰りましょう」
 という訳で、シンジを引きずりながら帰宅、シンジが気が付くまで二人は無言で睨み合っていたのである。
 しばらくは三人で睨み合う構図のまま数十分間推移したが、結局シンジをめぐっての争いな訳であるから、最終的にレイとアスカが睨み合う事になる。お互い が視線を逸らしたら負けと思いこんでいるために、周りが全く目に入らない状態に陥っている。
 ヒョイッとシンジが音も無く立ち上がり、キッチンへと向かうのだが二人はその気配すら感知する事が出来ないでいるのであった。
 しばらくの後。
 得も言われぬ芳しい芳香が部屋の中を満たしてゆく。シンジが久しぶりに行った調理の副産物。言うまでもなく睨み合った二人の乙女の鼻孔に達している。
「「・・・・・」」
 すぐに二人はシンジの魂胆を見抜いていた。シンジにしてみればこんな状態は望んでいるはずも無く、調理による結果が二人の緊迫した状況を打破してくれる 事を願っているのだ。さりとてお互い引くに引けない状態は変わらない、が鼻孔に侵入してくる芳しい香りの誘惑にも勝てない事も変わらない。
 自然と視線は睨み合ったままだが、意識はダイニングのコトコト音のする方向へと向けられていくのは、全く仕方の無い事なのであった。
「そろそろ、ごはんにしよう」
 軽く聞こえてきたシンジの声に、二人は硬直した首をギギギと回し、強張った微笑みをシンジに送るのであった。











「え〜、まず僕に理解出来るように説明してくれるかな?」
 とりあえず、食事が無事終了した後、シンジが切り出した。そもそも、この事件はシンジ自身が元ネタとはいえ彼の行動が原因ではない。アスカが日本にいて レイと一緒にいる事からして最早シンジにとってはサプライズであるし、話の流れ自体理解できてはいなかったからだ。
 チラチラとお互い視線を合わせながらレイとアスカはこれまでの経緯をシンジに語る。
「はぁ・・・ぼくの遭難がネタだったんだね」
 シンジは頭に手をやりながら軽く振った。
「でもさ、綾波がぼくを待っていてくれるのは判っていたけど、どうしてアスカが?」
 混乱の中で思い浮かばなかった疑問が、満腹感と共にシンジの中で沸き上がってきている。
「ふふん、わたしだって大人になったって事よ。自分の気持ちはハッキリ認識出来るし、後悔しない行動だって出来るようになったわ」
「でも、あの時あんなにぼくを・・・」
 サード・インパクト後のアスカの態度を思い出したのか、シンジが久しぶりの内罰的表情を浮かべた。
「あんな事件の後、すぐに気持ちの整理なんか出来る訳ないでしょ。流石のわたしだってあの後、結構気持ちを落ち着かせるのに時間が掛かったんだから」
 と、別れてからの経緯を簡単に語った。
「なるほど・・・・・しかし経験っていうのはすごいね、綺麗だったアスカをもっとこんなに綺麗にするんだもの。事故現場で出会った時なんか凄い衝撃だった んだよ」
 シンジは透明な微笑みを浮かべながら軽く言うが、そう言われたアスカの方は顔を真っ赤に染めながらしどろもどろに言い返す。
「あ・・あんただって・・・す、す、素敵だったわよ・・・」
「・・・綺麗だけど、エロエロ」
 二人の雰囲気に、危機感を感じたレイが突っ込んできた。レイとしてはこのままいい雰囲気のままにしておけないという気持ちが前に出るのは仕方がないだろ う。
「え?エロエロ?」
「・・・そう、エロエロ」
「なっ、なによ?誰がエロエロなのよっ?」
「・・・アスカエロエロ。元々抜群だったスタイルに磨きが掛かったのを良いことに、凄い際どい下着を着込んで鏡の前で不気味な笑いを浮かべているの」
「アスカ・・・ナルシーに成長しちゃったの?」
「誰がナルシーよっ!乙女が日頃自分のスタイル気にするのがおかしいっての?そもそも不気味な笑いならレイには勝てないわ」
「あ、綾波がナルシー・・・想像できない・・・」
「いや、ナルシーから離れなさい・・・そうぢゃなくって、ひとり薄暗い部屋の中で、じっと写真立てを眺めながら・・・ニタリ、ニタリと・・・・」
「怪談かい?」
「・・・ニタリなんてしてないし・・・わたしは碇くんを想って、一緒に暮らせる幸せな日々を想像していただけ・・・」
「あぁ、綾波ぃ・・・」
「ぢゃ、どうしていつも裸なの?毎回毎回変なフェロモン充満させてるしさ、エロエロはレイの方でしょ」
「へ?」
「・・・・・暑かったから・・・・・」
「暑いって言ったって、下着全部脱いでるこたぁないはずよ」
「・・・・・そんな事言うなら、アスカだって全裸で下着の形をした紐を持ってニタニタしていたわ。あの時の部屋に充満していたのは、発情した女の匂 い・・・」
「だ、だ、だ、誰が発情よっ!あんたの部屋だって・・・」
「ねぇ、もうそれくらいにしとこうよ」
 シンジが止めなければ、生々しい乙女の生態が白日の元に晒されてしまっていたのだろう。タイミングは上出来なシンジであった。





 夜が更けて、就寝の時間となったがまた一悶着。
 部屋についての問題であった。シンジの部屋については強制的に引っ越しさせられた家であり、部屋数はたっぷり確保されているので問題ないのだが。
「・・・・・アスカはひとりにしておけない・・・」
 とレイが強硬に、シンジとの相部屋を主張してきていたのだった。
「・・・・・そもそも、わたしは碇くんに身も心も捧げた女だから、碇くんと一緒の部屋で優しくしてもらうのが一番自然・・・」
「なぁ〜に言ってんのよ、その権利は認めない訳じゃないけど、最早わたしが参戦してきた以上はシンジを独占させるつもりは毛頭無いわよ。却下!!」
「うん、とりあえず一人部屋でぼくはいいんだけど」
「・・・さ、3ぴ「と〜にかく、シンジは一人にして、どうせレイは一人にしておきゃあ夜這いでもかけそうな勢いだから、わたしと相部屋でいいでしょ。わた しもレイが妙な行動起こさないか監視できるし、レイだってわたしの行動が気になるに決まってるんだから」
 レイの口から出そうになる危ないセリフを遮って、アスカは当面の打開策を提示し押しつけた。無論、レイにしてもアスカにしても納得出来ている訳ではない が、シンジが家に居ればいずれケリが付くと考えていた。
 簡単にはケリは付かないだろうが。
 何はともあれ、その夜はおとなしく更けていくのであった。



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