それから・・・

製作 越後屋光右衛門雷蔵

 

「来た。」
 シンジは木と木の間に作ったハンモックに寝そべらせていた身体をガバッと跳ね起きさせ、一目散に海岸へと走った。
 海岸には、湿った草や樹の枝を燃やし白煙が立ち上り続けるように工夫した竈もどきが設置されている。放浪時代に修得した知恵であった。
「おお、来る来る。」
 シンジは手を大きく振りながら、近づいてくる船影を見ながら声を大にして叫んだ。
 そう、「助けて」と。










「はい、こちら綾波邸。」
「・・・あ。」
 軽やかな呼び出し音に気が付いた綾波レイは、自分が気が付く前に厄介な同居人に受話器を取られた事よりも、妙な電話の取り方をされた事に少々憤慨した気 持ちを覚えた。
(・・・綾波邸って・・・)
「ああ、ミサト?わたしよ、ア・ス・カ。え?見つかった?結構時間掛かったわね、どこに潜伏してたの?はぁ、難破?すごい事になってたのねぇ。うん、う ん、すぐこっちにね、わかったわ、言っておく。迎えに行けばいい訳ね。了解。」
 通話が終わったのを確認してから、レイは文句を言おうと口を開き掛けたが、アスカに先を越されてしまった。
「・・・」
「見つかったってさ。何、間の抜けた顔してんの?」
「・・・綾波邸って。」
「いいじゃないのよぉ、これだけの大邸宅なんだもん。」
 アスカがそう言うのも無理は無い。アスカがレイのアパートへ転がり込んで来てから、それほどの時間を経ずして引っ越しは敢行された。どうもアスカの来日 とレイの引っ越しは微妙にリンクされていた様子で、どことなく作為が感じられた。そして、その引っ越し先は誰でも羨むような大邸宅、広い広いお庭付き。ガ レージだって5台くらいは余裕で駐車出来るスペースを確保してある。部屋数はそれほど多くはないが、如何せん一部屋一部屋が広大すぎた。
「・・・部屋が広すぎるだけ・・・」
「わたしはこれくらいあると文句なしだけどなぁ。」
「・・・アスカは荷物が多すぎるのよ。」
「レイは意外と貧乏性なのよね、前のアパートの荷物全部入れても一部屋の半分も使わないんだもの。エロエロパンティ集めるくらいならインテリアにもっと気 を使いなさいっての。」
「・・・まだ言ってる。あれは買ったんじゃないってば。それに一枚だけでしょ。」
「一枚あれば充分エロエロよ。レイの本質を見た気がしたものね。」
「・・・そう言うアスカだってとんでもない下着を、隠し持っているじゃない。わたしが知らないとでも思っていたのかしら?」
「淑女の身だしなみってやつよ。レディの必需品よ。」
「・・・なら、わたしが持っていても不思議じゃないわ。」
「レイのイメージじゃないのよねぇ、あれ。あんたにエロエロは似合わないわよ。どうしてもあんたとセックスが結びつかないのよ。」
「・・・色気不足で女性らしさに欠けると言いたい?」
「そうじゃないわね、色気も女らしさも有り余るくらいあるけど、セックスがリアルじゃない気がするのよね。」
「・・・リアルじゃないと言われれば、確かにわたしは未だに未経験だし碇くん以外の人とは考えた事もないから。アスカと違って。」
「失礼ね、わたしだってまだ清らかなままよ。もう真珠夫人も裸足で逃げ出すくらい清純そのまんまなんだから。」
「・・・真珠夫人なんてどこで覚えてきたのかしら。でも清純と言う割にエロエロフェロモンをそこら中で発散しまくっているじゃないのよ。一緒に歩くと視線 がまとわりついてイヤなのよ。」
「あら、それはわたしだけのせい?レイがひとりで歩いていても、涎垂らしながら付いてくる男、一杯いるでしょ。」
「・・・え?そんなのいるの?」
「いやま、そこまでのはいないけどさ。」
「・・・もう。あ、それよりさっきの電話何?」
「あれ?言わなかったっけ。シンジ見つかったって。」
 レイは電光石火でアスカの胸ぐらを掴みあげて凄む。紅い瞳に紅蓮の炎が燃え上がっていた。済まぬが、般若としか形容のしようがない。
「・・・もっとハッキリ正確に言ってね。」
「・・・・・は、はい。」
 おとなしく返事を返したアスカの身体は、プラプラと宙を彷徨うが如く揺れていた。










 てな訳で、レイはそこにいた。どこかと言えば言わずと知れた*島空港。以前にも書いた通り、その*島空港は非常に便利性が高く、会*若*市からはそこし かあるまいといった具合なのであったのだった。
「・・・・・」
 某ゴ*ゴ13のようなセリフとは言えないようなセリフは呟きながら、レイはジッと待っていた。微動だにせずに。決意のこもった表情は純情可憐な容姿に一 本筋の入った凛々しさを追加させ、その美貌を更なる高みへと押し上げている。
「なんかどっかでとんでもない事、書かれているような気がするのはわたしの気のせいなのかしらねぇ?」
「・・・・・とんでもない事って?」
 アスカ嬢のセリフにレイ様も、何気なく反応した。
 チラホラと人の行き交う某福*空港は、忙しくもなく、さりとて暇で暇で赤字間近の貧乏路線という訳でもない。現実的に利便性は大幅に向上し、地域の活性 化に一役買っているのであるが、田舎の人はあんまり空港というか飛行機には縁が薄い。
「何でもないわよぅ。下手くそがどっかで変な事を書き散らしている気がしただけ。」
「・・・・・そう。」
 瞳には燃え上がる紅蓮の炎が揺らめいている。そんなにギラギラしなくとも人は少ない。お目当てのシンジが到着すればすぐ分かる筈。少ない人混みもレイと アスカを遠巻きに避けている始末だ。
「もうそろそろ着く頃合いなんだけどなぁ。」
 アスカは完璧に他人事モードで、チラチラレイの様子を窺いながら呟いた。
「・・・いえ、来たわ。」
 レイがボソッと言うが否や、凄まじいダッシュを見せる。アスカは見事なダッシュの行く先を眼で追いかけた。
 その先には・・・
 アスカは持っていたバッグをストンと落とし、呆然と眼を見開いているしかなかった。
 レイが碇シンジに抱きつくのが見える。というより、レイがその身を任せる男こそ碇シンジその人なのだろう。それ以外は考えられない、そしてその碇シンジ は、己が恋したローレンツ氏その人である事をアスカは認めざるを得なかったのであった。 


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