(さて、どうしよう・・・・・)
こちらは、アスカ・ツェッペリン。
長い年月を掛けてようやく得た心の安穏。消化するファクターに目前の綾波レイを入れるのを完全に忘れていた彼女だった。だが、かつてのようにただヒステリックになる訳ではないのは培われた成長の証なのであろう。
とは、いえ。
(この娘、こんなに綺麗だったかな?)
見かけは異常なほど美しく成長して驚いたが、それより増して彼女を驚かせたのはどこかしら丸くなった印象でその美しさを増している点であった。
(シンジと並んだら、全く釣り合いが取れないわねぇ。)
アスカの中では、いまだにシンジは14歳の頃の情けないままのシンジであり続けている。そのシンジと今のレイが、どう見ても釣り合いが取れないと思いつつ、シンジとレイが並んでいる姿を自然に想像してしまう自分にむかついていた。自覚はないのであるが。
もはやレイを嫌っている感情はない。思い返せば嫌っていたと感じていた気持ちもあの現状の中での錯覚であったと分析できる。
(なのに、このむかつきは何?)
未消化の感情を心の中でモヤモヤと燻らせたままレイを見つめる彼女。はっきり言ってどう接したらいいのか分からない。
(さて、どうしよう・・・・)
そんな複雑な想いが渦巻く睨み合いが10分ほど続いた頃、空港にアスカを呼び出すアナウンスが流れた。
アナウンスに導かれ、二人はテクテク出口を出て待ちかまえていた黒塗りのリムジンに乗り込んだ。ゼーレから手配された車であった。運転手は無言のまま車を走らせる。太陽の日差しが窓から射し込み身体を暖かくしていた。
無言のままリムジンに乗った二人はゼーレ手配のホテルへと滑るように到着する。それほど豪華ではないが上品な佇まいを見せる通好みの渋いホテルであった。
なにやら近寄りがたいオーラを纏う二人の美女が、朱色の絨毯を踏みしめながら並んでフロントへ歩を進める。ロビーにいる人々はあまりの美しさに一旦は視
線を釘付けにされてしまうのだが、取り立てて恐い顔をしている訳ではないのだけれど、異様な迫力のために二人を遠巻きにしてチラチラ視線を送っていた。
そうしてどうにかこうにか、取りあえず無事に二人はゼーレの用意した部屋へと収まったのであった。
さて、その頃肝心のシンジはと言うと。
それは丁度、レイとアスカが入ったホテルの部屋から見下ろせる海岸の端の方で、救助に協力してくれていた地元漁師の人々と宴会を繰り広げている真っ最中であった。
「おらおら、矢でも鉄砲でも持ってきやがれぃ・・・」
放浪の時代に鍛えられた酒ではあったが、流石のシンジも救助の疲れもあってハイペースで呷る地元の猛者には敵わなかったらしく、ベロベロに酔っぱらっていたのであった。
「なんでい、兄ちゃん。澄ました顔していたが、どうしてどうしていける口じゃねえかよ。おら、どんどんいこうじゃねえか。」
「おぅ、ガンガン持ってこ〜い。なんか世界征服くれ〜、ブェァ〜ッとやれちゃいそうな気分だぁ〜。」
という調子で、狂乱の宴は果てしなく続いたのであった。
「ファースト。ちょっとあそこ見てごらんなさいよ。」
ホテルの部屋の窓から外を眺めていたアスカが、レイに声を掛けた。
「・・・・・わたしはもうファースト・チルドレンじゃないわ・・・・・あなたも同じでしょ、わたしはあなたを弐号機パイロットと呼ぶのはやめるわ。だから、もうわたしをファーストなんて呼ばないで・・・・・」
ゆっくり顔をアスカに向けたレイがはっきりと言い切った。
「あ、そ。・・・じゃ、綾波。」
「・・・・・間違ってはいないけど、わたしはイヤ・・・・・」
「シンジじゃないんだから、わたしだって言いにくいわよ。んじゃ、レイ。」
「・・・・・それでいい・・・・・」
「だから、ちょっとあそこ見てみろっていうの。」
トコトコ窓際までレイがやってきて言う。
「・・・・・何?惣流・アスカ・ラングレー・・・・・」
「おのれは・・・・よりによって昔のフルネームで呼び付ける奴がいる?今はアスカ・ツェッペリンよ。単純にアスカって呼びなさい。」
ちょっと疲れた顔でアスカはそう言って窓の外を指さした。
「・・・・・小宴会・・・・・」
当然シンジの姿も目に入ってはいるのだが、ボロボロの服を着て真っ黒になって宴会で歌い踊るシンジというイメージは、当然レイは持ってはいなかった。それは取りも直さずシンジを認識していないという事で、結果発見もしていないという事でもあった。
「多分、救助を手伝ってくれた地元の連中が飲んだくれているんでしょうね。発見当初わたしと一緒になって救助にあたっていた奴の姿が見えるもの。」
アスカはローレンツを名乗ったシンジを見つけていた。が、アスカにはローレンツはローレンツであってシンジでは有り得なかった。と、いうことは当然シンジは発見はしていない結論になる。
ローレンツを見つけたアスカは一瞬そこへ行こうかと考えたが、あまりの黒さにその考えを放棄した。
「・・・・・真っ黒ね・・・・・」
レイはアスカが抱いた印象を口にする。
「そう、真っ黒なのよね。」
「・・・・・黒い宴・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・垢・・・・・」
「わたし、先にバス使わせてもらうわね。」
レイの素直な感想は、アスカをバス・ルームへと直行させるに充分であった。それだけシンジ(ローレンツ)は黒く薄汚れていたのであった。走るアスカの背にレイが声を掛ける。
「・・・・・長湯はしないで。わたしも早くお風呂に入りたい気分になったわ・・・・・」
その後、再会当初のぎこちなさもどうにか薄れて、それなりの関係を構築する事に成功した二人は、現場並びに現場周辺を隈無く捜索した。が、どうし
てもレイはシンジの影を掴めずにいて、アスカもまた(14歳当時の印象そのままの)シンジを確認出来ずに至る。アスカはものはついでとばかりにローレンツ
(現状のシンジ)の姿も探るのだが、これも不首尾に終わっていた。
「・・・・・いったい、どこに消えたのかしら・・・・・」
「いっくら目立たない奴でも手がかり一つ無いなんておかしいわよね。」
「・・・・・全然目立たなくないけど・・・当時あなたと一緒に救助をしていたって人はいたの?その人から何か手がかりが見つかるかも・・・・・」
「それがねぇ、わたしもそっちを考えて一緒に探したんだけど、見あたらないのよ。」
「・・・・・」
結局、その日の二人の捜索は空振りに終わる。二日、三日、四日過ぎて五日も徒労に終わり、六日を過ぎた七日目の事。
「どんな具合?」
ゼーレ誂えの専用携帯からミサトの声が響いた。流石にこの二人ならば問題ないだろうと高を括っていたミサトであったが、一週間も色好い返事がないでは心配もする。
「どうもね・・・・・」
「手がかりもないの?」
「全くね。」
「仕方がないわね・・・・・あなたたち、一旦スイスへ戻って来なさい。捜索範囲をもっと拡大するようにするわ。そうなればあなたたちがいつまでもそこで探していたって意味がないから。」
「ん、わかったわ。レイ、あんたもスイスへ来るのよ、わかったわね。」
アスカはベッドの上でグッタリしているレイに声を掛けて電話を切った。
そして二人はスイスへと向かう機上の人となったのであった。
二人の美女(もはや、美少女と呼ぶには途轍もなく美しく妖艶になりすぎている)の必死の捜索と時を同じくする頃。
「んぁ?」
南洋の小島に、シンジ・ローレンツこと碇シンジが大の字になって打ち上げられていた。打ち寄せる波は小波なれど、いつまでも水に浸かっていれば眼も醒める。ムックリ起きあがるシンジはキョロキョロ辺りを見回して呟いた。
「もしかして・・・・・また、遭難した・・・か?」
水平線を眼を凝らして見れば、微かに船影が見える。どうやらいつの間にか船に乗って、その挙げ句転覆したらしい。転覆した船影のその先に遠ざかっていく救助船らしい、もう一つの船影も見え隠れしているのが嫌らしい。
「やれやれだな・・・・・」
意外とシンジが落ち着いているのは、サード・インパクトのせいだけではない。かつての放浪時代、何度となく偶発的な遭難に遭っていたからだ。
「ま、なるようにしかならないし、生き延びる事が先決だな。」
シンジは呟いて島を見回し、生き延びる為の準備に取りかかったのであった。
「・・・・・どうしても行ってしまうの?・・・・・」
ここは福〇空港。出立ゲートの前に栗色の髪をサラサラそよがせるかわいらしい女性と、蒼銀の髪の美女が立っていた。通る人々は素知らぬ顔をしているが、視線はチラチラ二人に注がれていた。
「ごめんね、一緒にいてあげたかったけど、ご存知の通りわたしは訳有りの身。お父さんが転勤となっては付いて行くしか、まだ出来ないのよ。」
栗色の髪、霧島マナは蒼銀の美女、綾波レイに今にも縋り付きそうな面もちで、そう言うのであった。
「・・・・・心細いわ・・・・・」
俯くレイを見つめるマナの眼に、うっすらと涙が浮かぶ。聞き慣れない人間が聞けば冷たい言い方にも聞こえそうな口調だが、マナが聞けばきちんと感情が聞き取れるのだから不思議だ。
「電話するから・・・・・動けるようになったら、きっと、きっと会いにくるわ。」
「・・・・・きっとよ・・・・・」
ひしと抱き合い、お互いの気持ちを確かめる二人。と、その感動の抱擁の背後に、良く通る綺麗な日本語が響くのだった。
「安心して行ってきなさい。この唐変木はわたしが引き受けてあげるからさ。」
どこかで聞いた声にレイがハッと振り向き、マナもちょっと怪訝そうな表情で声の主を見やる。
「・・・・・んあっ・・・・・」
「?」
金色の髪靡かせて、腰に手を添えモデル立ちするサングラスの美女。長身にジャケットの前から覗くブラウスを盛大に盛り上げるバスト、おそらくキュッと引
き締まっているであろうウエスト、バランスの良さが引き立つヒップ。マナはここまで絶妙なスタイルを誇る知り合いは、側にいる綾波レイ以外は知らなかっ
た。
「どちらさまですか?」
「あんた、わたしが判らないの!!?」
バッとサングラスを外し、グッとその華麗な顔立ちをマナに突きつけた。
「あっ、なんか昔の知り合いのアスカに・・・似てる。」
「似てるじゃなくって、そのアスカよ。」
「うぇ〜〜〜〜〜っ。」
「なによっ!!うぇ〜って、失礼ねっ。」
「なんでそんなに綺麗になってるのっっっぉっ。」
綺麗との言葉を聞いて、気をよくしたかアスカは再び手を腰に添えて再ポーズを取り。
「ふふ〜ん。もとが良いのよ、もとが。」
と、のたまう。が、一転表情をキッと変えて言葉を繋いだ。
「あんたの事はこの唐変木と一緒にスイスへ行った時に粗方聞いたわ。・・・苦労掛けたわね。」
「ううん、苦労だなんて・・・わたし、ほら、お人好しだからね。そんな事思った事ないよ。」
「バカね。それにしても・・・・生きててよかったわ。」
アスカのしんみりとした口調に、マナの瞳に涙が溢れ流れて落ちる。口調だけではない。その蒼い瞳に溢れる優しさを読みとっていたからだ。
「うっ・・・ううっ・・・」
「きっと、あんたも普通に戻れる。そんなに遠い未来じゃないから。」
アスカの言葉に大きく頷くマナは、二人の見送りにハッキリとした口調でこう言った。
「じゃ、行ってきます!!」
「「行ってらっしゃい」」
別れは再会への始まり。三人は心に言葉を刻み、機中の人となり市中の人となって物語は続く。
「・・・・・で?」
「で?とは?」
「・・・・・どうして、ここにいるの?」
「行くとこが無いからよ。」
「・・・・・わたしの都合は?」
「いいじゃないのよぅ、どうせあんたの都合っていったって、男連れ込むとか出来る訳ないし、大した事じゃないんでしょ。」
「・・・・・うぅ。」
ここはレイのアパート。綺麗に整頓されてはいるが、物価だけは高い某福○県○津○松市のアパートは狭い。アスカにいきなり押し掛けられ、都合云々言ったはいいが大した都合なんぞ有りはしないレイである。
(・・・・・引っ越そうかしら・・・・・)
そう考え始める彼女の思惑とはまた別に、某組織の引っ越し作戦が展開を始めているのを彼女は知らぬ。
「ふぅ〜ん、結構かわいい服揃えてあるじゃないの?数は年頃にしては少なすぎるくらいだけど・・・・・きゃあっ、何この下着ぃっ、エロエロぉっ。」
引っ越し思考を展開しているレイの耳に、アスカの訳の分からない叫びが飛び込んでくる。眼を向ければアスカが衣装タンスを引っかき回した挙げ句に、チェ
ストまで開いてレイの下着を物色していた。その手にあるのはまだ穿いた事のない薄紫の際どいハイレグ。思いっきり拡げられているし。
「・・・・・な、なにしてるの?」
「ん?あんたがどれくらい成長したか検査をね。」
「・・・・・けっ、検査って言ったって・・・・・」
レイはいささか慌て気味に、アスカの手のパンティを奪い取ろうとするが、
「なに慌ててんの?」
とレイをすかして、指先でクルクルパンティを回している。
「・・・・・恥ずかしいでしょ・・・・・あぅ!」
「恥ずかしがるくらいなら、持ってなきゃいいでしょうに。」
アスカはポフッとそれをレイの頭にかぶせて笑う。
「・・・・・わたしが買った訳じゃないのに・・・・・結局、なにしに来たの?」
時は少々未来に移る。
「ミサト、今思い出したんだが・・・・・」
デューク・ローレンツは椅子を回転させながら、この所だんだん眉の角度が上がっている葛城ミサトに、ちょっとビビリながら声を掛けた。
「何か?」
苛立っている。
「いやね、シンジって放浪から帰ってきた時言っていたじゃないか、訳の分からない遭難に遭うってさ。だから、墜落地周辺で不思議な遭難事件でもあれば、シンジが巻き込まれている可能性も・・・・・」
「それだっっっ!!!」
ミサトは上司にビッと指を突きつけ、マイクに指示をぶちかます。
「墜落日以降一週間、遭難事件のサーチをお願い。海山両方よっ、海は領海内を先に。それで無ければ領海外もね、大急ぎよ。」
そして、発生していた遭難事件は一件のみ。南洋漁業船の転覆事故で、乗組員は全員救助されていた。が、話ではあと一人乗っていたはずだとの証言が取れているが、誰であったか乗組員は誰も知らなかったのだ。
「当たったみたいだね、ミサト。」
デュークはこめかみを押さえながら言った。
「いい勘してましたね、デューク。」
救助隊を編成して転覆現場海域の一斉捜索が開始されたのは、言うまでもない事であった。
まさか。
まさか、自分の大学の非常勤助教授などという訳の分からない役職に、アスカが就任するなんて考えてもみない事だった。
「へっへっへ・・・先生って呼ぶのよぅ。」
「・・・・・」
唯一心安らかに落ち着ける場所となっていた自室にて、レイはアスカに絡まれていた。それは文字通りに。
アスカの片手には500mlのビール缶が握られている。周辺には散らかった同種の缶が散乱し、アスカが泥酔状態である事を無言のうちに示していた。
テーブルを前に脚をずらして横座りしているレイの胴体にがっしりと組み付いているのはアスカの美脚。それだけに止まらず肩にも手を廻しレイの頬を舐めんばかりに接近している。
(・・・・・迷惑・・・・・)
「迷惑なんてぇ考えたら・・・卒業出来ないわよぉ・・・」
非常勤助教授にそんな権限があるのかと問いたかったが、泥酔者に何を言っても無駄という事を知っていたレイはあえて逆らう事をしなかった、結果的にはそれがアスカを助長させる事になったのだが、こうなってはレイに手だては無い。
「あ〜あ、なんでこんなとこまで来なくちゃいけないのぉ〜。」
「・・・・・帰ったら?」
「バ〜カねぇ、あんたはぁ。教授が行けって言うんだもん、行かなきゃしょうがないでしょう?あ〜ん・・・・」
残った琥珀の液体をグッと飲み干す。
「・・・・・もうそろそろ、寝たら?」
「あたしと寝たいのぉ?あんたその気もあったのぉ?」
(・・・・・どの気?・・・・・)
レズビアンなんぞ毛一筋も無いレイにとっては、言われた事すら理解の外。
「ダメダメぇ〜、見るだけぇ〜・・・・」
と、いきなりアスカは立ち上がって服を脱ぎ出す。
「・・・・ちょ、ちょっと・・・・・ん・・・」
ボフッと顔に掛かるブラウス。引き剥がせば続いて被さるスカート。ようやく視界を良好にした先には、アスカの輝く裸体が燦然と光りを放っていた。
「・・・・・」
美しかった。アルコールでうっすらと桜色の染まる肌。絶妙のバランスを誇るプロポーション。正直眼が離せなかった。
「あによぅ、ホントにダメよぅ、わたしはその気は無いんだからぁ・・・・・」
と言いながらレイに抱きついて、スースーと寝息を立て始めるアスカに、先ほどの羨望の眼差しを注いでいたレイは憮然とした表情で呟くのだった。
「・・・・・綺麗だけど酒癖が悪い。そういうのに縁があるのね・・・ついてない・・・・・」
レイはヒーコラ言いながら自分のベッドへアスカを引きずっていくのであった。