それから・・・・・

製作 越後屋光右衛門雷蔵


アスカ・ツェッペリン。

サード・インパクトの後、日本からドイツへ帰国する。国際公務員としてネルフの籍は離れたものの、新生ゼーレの管理下に置かれていた。

旧ネルフ所属の職員、関係者はほとんど例外なくそうなっているのだった。

特に日本のネルフ本部に所属した関係者の管理、監視、護衛は厳しいものがあった。もちろん本人には重圧にならないように行われているものではあるが、他の支部などに所属した関係者に比べれば幾重ものチェック網が張り巡らされている。

サード・インパクトのその場に居たチルドレンならばなおさらの事である。

そんな雰囲気をうっすら感じながら、アスカは母校の大学に入学し直したのであった。

元々、才能のある優秀な頭脳を持つアスカは、サード・インパクトによる人員不足も手伝って学生をしながら非常勤講師も兼ねるという離れ業をやってのけていたのだった。

校舎近くのカフェテラス。窓際の席でひとり眩い日差しが降り注ぐ風景を、アスカは眺めていた。

あの最期の時。

自分の首に手を掛けながら、泣き崩れたシンジの頬に手を添えた自分。

それは自分自身がシンジを認めた証。嫌っていたはずのシンジが心に同様の傷を持つ、自分と同じ存在になった証。

そして、自分の心がシンジを求めていたという証。

否定したかった・・・・・砂の楼閣の如く築かれたプライドが叫ぶ。

否定できなかった・・・・・真実の心を認識した想いがプライドを破壊する。

認めたかった・・・・・言葉にすれば容易い心の内を、砕かれたプライドが霧に隠す。

認めたくなかった・・・・・プライドは、言葉を歪んだ泥沼に押し隠す。

半狂乱とは、当時の自分を言うのだろうとアスカは思う。それだけ自分は子供だったという事。

そんな中で、一時的にシンジと離れた方が良いと判断したのは正解だったと今は思う。

恋愛感情ではないと自分自身で、客観的に分析している。

あの頃、一番身近に存在した同じ傷を持つ者同士。性格は光と影、正反対であったがお互い支え合って生きていた。認めて欲しいと思う気持ちが、反発しながらも一緒に居させたあの頃。

忙しい毎日の最中、心が落ち着けば思い浮かぶシンジの優しい笑顔。

(つまらないプライドを消化するのに随分と時間がかかっちゃったわね。)

美しい苦笑を浮かべながらアスカは思う。

シンジの笑顔が脳裏に浮かんで、暖かくなる自分の心を受け入れるまでにかなりの葛藤があった。

色々な人たちと話し、色々な出来事を経験し培ってきた事が今のアスカの心を形成している。

(もう、大丈夫。今のあたしはママに依存していたあの頃のあたしとは違う。シンジと再会して動揺するほど不安定じゃなくなっているわ。)

5年の歳月は、アスカの心を成長させ、傷を癒し新たな地平へと一歩踏み出させる重要な時間でもあったのだ。

「大人になったという事か・・・・・・・」

アスカは街路樹によって陰影が付いた道路を眺めながら、そっと呟くのだった。

(明日からノルウェー行きだしね。また忙しくなっちゃうな・・・・・)

5年振りにアスカが国外に出る事が許可されたのは、ひとえにアスカの大学内での成績と貢献によるものであり、なおかつゼーレのガード・システムが完璧に近い完成度を構築したからであった。

ノルウェーでの学会で、担当教授の論文発表が行われるのだ。アスカは非常勤講師ではあったが助教授を置かなかった教授のサポートをし、今回の論文完成に多大な貢献をしていた。

そのためか教授は、アスカの帯同は当たり前といった風情でノルウェー行きの予定を組んでいた。

(ノルウェーから戻ったら、ジュネーブのミサトの所にでも顔出そうかな。)

精神的にも肉体的にも成長したアスカには、もはやかつての仲間と会うのに躊躇いは存在しなかった。
















ジュネーブ。ゼーレ本部。

「アスカのノルウェー行きの件、ありがとうございます。」

ミサトはコーヒーの乗ったカートを押しながら、デュークに言う。

「ん?ああ、彼女の研究に対する貢献を考えれば当然の事だよ。それにガード・システムが完成の域に近づいているしね。それに5年も経っているんだ、問題無いだろう。」

「そうですね。」

ミサトはデュークにコーヒーのカップを差し出しながら微笑んだ。

「それはそうと、綾波レイの生存が確認されたそうだね。」

「はい。第三新東京市からかなり離れた地方都市にいたそうです。あなたには事後報告になりましたが第一級保護要員に指定しました。」

「ああ、それでいい。シンジはさぞかし喜んだろうね。」

「ええ、今までは近寄るのも渋っていた日本に、期間を伸ばして滞在していましたわ。」

「くっくっく・・・・・現金な奴だな。」

微笑みを浮かべながら語らう二人に、シンジが搭乗した旅客機が墜落したとの知らせが届いたのは、その二日後の事であった。
















アスカ・ツェッペリンがそこに居たのは全くの偶然だった。

ノルウェーの学会で教授の論文発表も無事終了し、久しぶりの国外の空気に触れるべくひとりまだ肌寒い海岸へ出てきていたアスカは、不自然に降下する旅客機を見つけた。

「変ね?あんな位置で飛行するなんて普通ないのに・・・・・・」

ジッと旅客機を見ていたアスカは、グングン高度を下げていくそれの後ろに黒雲が付いているのに気が付いた。

「まずいっ、墜落だわっ。」

機を見るに敏な彼女は一瞬で旅客機が墜落の危機にある事を見て取り、ゼーレ・ノルウェー支部に連絡を入れ救助キャンプの設営と乗員救助隊の出動を要請した。

美しい髪を後ろに無造作に束ね、紫外線防止のサングラスをキッとかけ直すとおおよそ墜落地点に近いと思われる海岸べりに向けて走り出したのだった。

結果的に、パイロットの適切な判断で墜落ではなく不時着に成功した旅客機だったが、その衝撃で多数の負傷者を出すに至ったのは仕方のない所であろ う。そして現場の混乱もまた必至である。そんな中、殺伐とした空気が満ちる救助現場で女性らしい細やかな心遣いで負傷者を癒してくれたのが、第一発見者た るアスカであった。

彼女はゼーレ第一級保護要員の立場を大いに利用し、負傷者の救助に努めた。

そんな現場で彼女以外にも冷静に現状を判断し、被害を最小限にくい止めようとする男がいる事にアスカは気が付く。

短く刈り込まれた髪。浅黒く日焼けした肌。女性としては比較的長身のアスカを見下ろそうかという身長。テキパキと救助隊員に現状を説明する行動力。サングラスに表情は隠されてはいるが、美形なのは見て取れた。

(へえ・・・・世の中広いわ。出来た人もいるものね・・・・・)

彼の行動にアスカは素直に感心していた。

そうして現場の混乱も一段落着き、アスカは彼と話をする時間を見つけ声を掛ける。負傷者の一人とフランス語で会話しているのを小耳に挟んでいたので、フランス語で話している。

「ご苦労さまでした。お疲れになったでしょう?えっと・・・・・」

「ローレンツです、お嬢さん。」

低いが良く通る声に、アスカも簡単に名乗る。

「わたしはツェッペリンです、よろしく。でも、あなたも乗客だったのでしょう?お怪我はなさいませんでしたの?」

「ええ、異常に気が付いて咄嗟にシートの下に潜り込みましたからね。しかし、わたしがもっと早く気が付いてみんなに知らせていれば、もっと怪我人は少なくて済んだでしょうね。」

(くすっ・・・・内省的なのはシンジみたいだわ。外見は全然似ても似つかないんだけどね。)

アスカは心で苦笑しながら言葉を返した。

「あの場合はどうしようもありませんわ。それよりも死者が出なかった事を喜ぶべきでしょう?」

「ふふふ、そうですね。あなたを見て昔あなたに雰囲気の似た女の子を思いだしましたよ。どうしようもないわたしを引っ張ってくれた女の子を・・・・・・」

「あら?まだお日様も高いのに口説いてくださるんですの?光栄ですわね。」

「そ、そんなのではありませんよ。ほ、本当の事です。」

慌てるローレンツを悪戯っぽく微笑みながら見つめるアスカの心に、ローレンツに対する恋心が芽生えるにはさほどの時間は掛からなかった。

その後、交わされた他愛のない会話の中にちりばめられた、ローレンツの深い優しさと思いやりにアスカは魅せられていく。

いつしか時間は過ぎ去り、アスカもローレンツもその場を離れなくてはならなくなった時、アスカは軽い口調で尋ねるのだった。

「また、いつかお会い出来るかしら?」

「人と人には「縁(えにし)」というものがあります。運命と言い換えてもいいでしょう。「縁(えにし)」があればきっとまた会えますよ。たとえ、それがなくともわたしは今日あなたという素敵で素晴らしい女性と出会った事を生涯忘れる事は無いでしょう。」

ローレンツの言葉に微笑みを浮かべたアスカは、スッと右手を差し出して握手を求めた。

「きっと「縁(えにし)」はありますわ。わたしはそんな気がします。だからさよならは言わないでおきましょう。」

「そうですね。わたしもさよならという言葉は好きではありませんから・・・・・」

ローレンツは握手を返しながら言った。

「じゃあまた。ツェッペリンさん。」

「ええ、身体に気を付けて。ローレンツさん。」

手を離した二人は同時に背を向け合って別れたのであった。

その後、アスカは教授とともにドイツへと帰路に着くが、帰りの飛行機の中でもローレンツの事が頭から離れず悶々とするのだが、表面上はおくびにも出さずに帰り着いた。

帰宅したアスカは、今度はスイスへ赴くための旅支度を整え学会のレポートをまとめるため、デスクに向かいキーボードに指を走らせるのであった。









ノルウェーゼーレ支部からシンジの乗った旅客機が墜落した知らせを受けたミサトは、すぐさま救助隊を編成して乗客救助に当たるよう指示を出した。

シンジの持つ携帯に連絡を入れるが、応答どころか端末からの反応すら無かった。これは端末自体が完璧に壊れている事を意味していた。本部から動く事 がすぐには出来ない立場のミサトは歯がみしてくやしがるが如何ともしがたい事なので、代わりの者を派遣する事にする。ミサトの行動は素早かった。




















空港の入国口にほど近いベンチに所在なく座っているのは、アスカ・ツェッペリンである。

スイスへ行くとミサトに連絡を入れた所、返ってきた返事はこうである。

「ああ、丁度いいわ。あなたが着く一時間ほど後の便でもう一人到着するから迎えてあげてくれない?」

「いきなりこき使うのね。誰?」

「待ってりゃわかるわよ、ホテルなんか同じだから一緒に連れていってちょうだいね。」

「わかったわよ。」

有無を言わせぬ調子に、アスカは渋々了承しこうして長々と待ち続けている。

(待ってりゃわかるって誰なんだろ?)

う〜んと、立ち上がって伸びをしながら口に手を当て欠伸をするアスカは、自分の脇を何人かの到着者が通り過ぎるのを見る。ヒョイッと到着口へと視線を移すと、そこには忘れようにも忘れられない蒼銀の髪を持ち、綺麗なルビーの如き瞳の女性が歩いているのを発見するのだった。

「ファ、ファースト・・・・・綾波・・・レイ・・・・・」

英語とフランス語が飛び交う国際空港で、アスカの発した日本語の発音は彼女の注意を当然の如く引きつけた。

レイは14歳当時と変わらぬクールな視線をアスカに向けて、一瞬考えてフランス語でこう言った。

「・・・・・あなた、誰?・・・・・」

「寝ぼけてるんじゃないわよっ。あたしが誰か解らないなんて言わせないわよっ。」

(生きてた上に、こんなに綺麗になっちゃって・・・・・なんか腹が立つわねっ。)

日本語で叫び、心の中でも叫ぶアスカを見ながら、レイはいまだに戸惑いの中にいる様子。

日本語で呼びかけられ、フランス語で答えたにもかかわらず日本語で怒鳴られた。それも見知らぬ西洋人の美女に。

金色の美しい髪は大雑把に後ろに束ねられていたが、手入れがよく行き届いた髪の美しさは隠しようもなく、白い肌は東洋人のようにすべすべだった。サングラスに眼は隠されていたがその美形は疑いようもないものだった。

自分より高い身長。西洋人らしいスタイルの良さと腰の位置の高さ。クッと胸を張って腰に手を当てているポーズ。

そこでレイはあまり思い出したくない人物が、眼の前の人物と重なりあうのを自覚したのであった。

「・・・・・ま、まさか・・・・・元、弐号機パイロット?・・・・・」

疑惑を顔に貼り付けながら、レイはようやくその結論を日本語で口にする。

「それ以外の誰に見えるっていうのよっ。」

「・・・・・まったく知らない人・・・・・」

こうして、お互いの胸に戸惑いを抱えながら、元零号機パイロットと元弐号機パイロットの5年振りの再会は果たされたのであった。






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